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大阪高等裁判所 昭和25年(う)2465号 判決

控訴人 被告人 橋川孫太郎

弁護人 細谷馨

検察官 西山[先先]関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人細谷馨の控訴趣意は本件記録に綴つている控訴趣意書記載のとおりであるから引用する。

しかし、窃盗の現行犯人として被害者に一応逮捕せられた者が警察官に引き渡されるまでの間即ち被逮捕状態の継続中に該逮捕を免れるため逮捕者に暴行又は脅迫を為したときは刑法第二三八条の犯罪を構成するものといわねばならない。原判決認定の事実はその挙示する証拠に対照しこれを要するに被告人は原判示月日午後二時頃東梅嗣所有の原判示河根村高根山の竹林内で竹の根節三本を窃取した現行犯人として犯罪現場で同人に逮捕せられ逃走その他の事故を防ぐため猟銃を携帯した同人が現行犯人として警察官に引き渡すため河根村巡査駐在所に連行する途中同日午後四時頃同村日浦山山林道の絶壁を以て丹生川の「玉淵」に臨む道路上に於て逮捕を免れ逃走するため右東梅嗣を同絶壁の高さ約一七米の崖下に向つて両手を以て突き落したものであつて、右暴行現場は窃盗現場から約二〇町距つているとはいえ被告人が窃盗の現行犯人として被害者に逮捕せられた状態の継続中に該逮捕を免れる目的で暴行を加えたものであることが明らかであるから刑法第二三八条に該当する場合であるといわねばならない。それ故原判決が被告人の右所為に対し同法条を適用処断したのは正当であつて、原判決には所論のような法令適用の誤がなく、論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三九六条に従い主文のとおり判決する。

(裁判長判事 富田仲次郎 判事 棚木靱雄 判事 入江菊之助)

弁護人細谷馨の控訴趣意

第一点原審は取調の事実に付準強盗を適用したるが該事実は準強盗にあらずして窃盗及暴行の法条を適用せらるべきものと信ず。

一、事実 原審判決援用の証拠による事実よりすれば、被告人が昭和二十四年十月十二日午後二時頃和歌山県伊都郡河根村高根山の竹林内にて竹の根節三本を窃取したるが其の現行犯人として所有者東梅嗣に逮捕せられ同村大字北又字柿平の東梅嗣宅に連行せられ説諭せられた為め厚く謝罪して窃取したる竹根節三本を所有者に返還し暫らく休憩し居りたるが被害者は他に同様の盗人もある関係上共に河根村巡査駐在所へ出頭すべく話し東梅嗣は服装を改め午後三時半頃同伴同家を出発したるが途中午後四時(実際は五時間)東梅嗣に暴行したるものです。註一=被告人公判調書=一旦東方に立寄り同人は服装をあらためて午後三時半頃出発し道を二人は話しながら行く云々。日浦山に差しかかつた午後五時半頃であつた様に記憶す云々。註二=東梅嗣同調書=一旦自宅に帰り服装をあらため銃をさげ午後三時半頃出発した云々。三本の根節は竹藪で逮捕した際一旦全部取上げましたが服装を整えに自宅に帰りて駐在所に向つて出発する際に私は銃をもつているのでそれを被告に持たせました。ところが突落された現場に来たときは途中で一本落したのか被告は二本しか持つて居りませんでした云々。

二、之れを法的に観察するときは現行犯人たりし被告人は東梅嗣宅までにして同宅に於て贓物其他一切を所有者東に返還し説諭を受け現行犯人たる身分を失い、其の後は刑事訴訟法第二百十二条一項二項一号乃至四号の孰れにも該当せず。尤も犯人が贓物を所持し居りしは一旦返還したる物を駐在所へ行く際銃を持たねばならぬので便宜被告人に持たせて居たもので言はば所有者の人足の様なものでありますので所謂準現行犯人たる身分をも有せざるものです。

斯様な場合にも準強盗の法条を適用するやに付学説を見るに、早稻田大学教授江家義男著刑法講話、二四八頁に準強盗は窃盗犯人が窃盗の現場で暴行又は脅迫をなすことによつて成立する。したがつて現場から一旦立去つた後に逮捕を免れるため暴行又は脅迫を加えても本罪になりません。但し現場で発見され追跡を受けている間に暴行又は脅迫を加えた場合は本罪であります。それで大体のところ現場で暴行又は脅迫を加えられた場合に成立するものと見てよいのであります。法学博士安平政吉著、改正刑法各論上巻、二四九頁準強盗罪は窃盗犯人が財物の返還を拒くがために暴行若くは脅迫を加えた所為は常にいかなる場合でも本罪を構成するのではなく、ただその窃盗行為を終つた際其の現場または其の機会継続中になされたことを要し、すでに非現行の状態に入つたときは本罪の成立は否定しなければならない一事である。

被告人が東梅嗣に暴行を為したる時は既に窃盗犯行の現場にあらず一里余二里近くも離れた場所であるし相当時間を経過した時刻で其の間に事柄は東の宅で一応断絶しているので全く非犯行の状態の際暴行を加えたのですから窃盗と暴行は全く別箇のものです。依つて窃盗及び暴行罪として処分すべき筋合のものと存じます。然るに原審は準強盗として所罰しているのは正しく法の適用を誤つていますから破棄を免れないと思います。

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